BLOGナイル社長ブログ

HOME > サイトマップ

Monthly Archives: 4月 2008

Monthly Archives: 4月 2008

働く理由

先週は四谷に桜を観に行きました。

 

気温が上がってきたので今週末が東京の桜は見納めかもしれません。
そんな桜の下、真っ白なシャツを着た新入社員を目にするようになりました。
彼らが集団で歩いているのを見ると少しうらやましくなります。

 

同じ歳同じ考え同じ感性をもった人たちと一緒にいられるというのは人生で一瞬のことだなと
最近思うからです。
同じものをもっている人が近くにいれば、悩みなんかも共有してもらえますから。
社長はやっぱり孤独な仕事です。
ふ~。

 

さて、そんなこの季節、出会いと別れがあちこちで行われていると思いますが、

僕にも過去いくつかつらい別れがありました。

それは漫然と働いていた僕に働く理由を示して、今もなお影響を与え続ける物語なのです。

 

僕がはじめてホームページの制作に関わるようになったのは25歳くらいのときです。

はじめはパソコン音痴にもかかわらずディレクターをやらされて
本当にブルーな毎日を送っていました。
オタッキープログラマーに何度となく馬鹿にされ、
うるせい!と叫びそうになって、そのたびに我慢しました。(嘘です。一度だけケンカしました)

 

インターネットを利用したことがある人が国民の数%だった時代。
営業のテレアポをしても、話なんか聞いてもらえるわけありません。

 

でもそんなブルーな毎日の中、それまでつきあったことがないような職種の人たち
とお話しをするようになって、気づいたらこの世界にどっぷりつかっていました。

 

今ではこの仕事でおまんまが食べられる。ありがたいことです。

 

そんなディレクター黎明期で一番影響を受けたのは、フリーのデザイナーAさんでした。
それまでデザイナーの仕事を近くで見たことがなかったせいもあり、
はじめてAさんのオフィスで仕事をみせていただいた時は
本当に感動しました。

 

パソコンでこんなことができるのか!
ていうか、
いま考えると本当に何も知らなかったんだと思いますが、当時は衝撃的でした。
インクがないのに画面から色が出てくる!みたいな。
アホでした。。

 

そんなアホな僕も何かを掴もうと一生懸命でした。
締切りがギリギリの仕事のときには明け方までAさんのオフィスに詰め、物作りに励みました。
何を教えてもらったというわけではありませんが、
マウス一個で食っていくという生活の楽しさと厳しさを教えてもらいました。

 

昇る朝日を見ながら、「いいもん作った」と
何にもしていないくせにちょっと達成感に浸ったりしていました(失笑)

 

そのAさんと僕は、ある事件をきっかけにお別れをすることになります。

 

それからしばらくして、大阪出張に行ったとき事件は起こりました。

梅田の交差点で信号待ちをしていたら、バイトの男の子から携帯に電話がありました。
会社のパソコンがすべて差し押さえられたとのこと。
しかも差し押さえたのがAさんだと聞いて信じられないことが起こったのだと
目の前が真っ暗になりました。

 

そのままアポイントをキャンセルして、高速をぶっ飛ばして会社に戻りました。

オフィスはパソコンが無くなってガランとした物置みたいな感じになっていました。
真ん中のソファーでバイトと新入社員の男の子が二人、ポカンとした表情で
僕の帰りを待っていました。

 

二人の話によると、
Aさんはトラックで会社の目の前に乗り付けると、
おたくからの支払い60万円が滞っているから差し押さえさせてもらうと言ったきり、
一人で黙々とパソコンを荷台に積んでいったそうです。
有無を言わさず。です。

 

兄貴のように、師匠のように慕っていたAさんの顔が思い浮かび、目の前の現実との
差に頭がくらくらしました。

それからが大変でした。
一度しか会ったことがないような知り合いのところに借金をお願いしにいき、
つてを頼ってお金の相談をして、
もちろん誰も貸してくれませんでした。
そのくらい社長の信用がなかったのです。

 

結局、社長の土地を担保に国民金融公庫からお金を借りることになりました。
しかし保証人の判をついてくれる人が誰もいない。
あちこちにお願いして、最終的には取引先のBさんに
保証人になってもらうことになりました。

 

社長の命令で、Bさんの会社まで判子を受け取りにいきました。
「この判子2,3日お借りしますが大丈夫でしょうか?」と恐る恐る確認しました。
Bさんいわく「君のことは信用しているから大丈夫だ」と。
なぜか自分の借金ではないのに涙が出そうになりました。
2,3度しか会ったことがない自分に信用して実印を渡してもらったのが
単純にうれしかったのです。

こんな人が世の中にいるのか!

 

それからしばらくして、国民金融公庫から融資してもらえることになり、
僕は60万円を握りしめ、一人パソコンを取り戻しにいくことになりました。

60万円を握りしめて車に乗り込むと、会社の玄関までオタクプログラマーと
新入社員君が見送ってくれました。

 

いつもは僕のことを小馬鹿にしている年上のプログラマーが珍しく
「お願いします」と深々と頭を下げ、
新入社員君は怪しい京都なまりで「頼みますわ」と
白くて細い手を振ってくれました。

 

社長のためにこんな嫌な役は引き受けたくないけど、
この人達のためならがんばってもいいような、そんな気がしました。

 

Aさんの自宅まで車で40分。
国道沿いに並ぶガソリンスタンドをいくつも通り過ぎ、いろいろなことが頭をよぎりました。
借金に関するトラブルは今回のことだけではありませんでした。
そのたびに頭を下げる自分が嫌になり、
この事件でそれは頂点を迎えようとしていました。

 

これですべてが終わる。そんな気がしたのです。

 

初めは嫌でしかたなかったこの役目も、
すべてが終わるのであれば、なんとしてでもパソコンを取り戻してやる
という前向きな気持ちに変わっていました。

ふと、働くって何だろう?という疑問が頭の中に何度も浮かんでは消えて行きました。

こんな嫌な仕事をしているのに、なぜ気分はこんなに高揚しているんだろうと思いました。

 

Aさんの自宅に着くと、あたりはすっかり暗くなっていました。
何度も訪れたはずのその家が、その日だけは僕の来訪を拒んでいるように見えました。

 

呼び鈴を押してAさんが出てくるまでの時間が永遠のように感じられました。
怒鳴られるのだろうか、それとも冷たくされるのだろうかと
悪いことばかりが頭をよぎりました。

 

しばらくすると、ガレージのシャッターが開いてAさんが顔を出しました。

 

社長が事前に僕の来訪を連絡していたこともあり、Aさんはいたって普通の様子でした。
一緒に仕事をしてきたAさんのまま。

 

おもわず笑顔になりそうになるのを我慢して
ふと足下に目をやると、ガレージの汚い床に無造作に置かれた僕たちのパソコンを見つけました。
オタクプログラマーがいつも使っている油ベトベトのキーボードとか、秋葉原で
買ってきたんだと自慢していたマウスもその中に混じっていました。

 

その瞬間、頭の中で何かがプチンと切れたように感じました。

 

同じパソコンを使ってご飯を食べている人間として道具がどれだけ大事かは
Aさんが一番よく知っているはずです。
その僕たちの道具が砂埃をかぶり、そんな風に粗末に扱われているのを見て、
本当にAさんとは終わってしまったのだと思ったのです。

Aさんは僕らを仲間ではなく、「敵」だと思っているんだと。

 

僕は黙ってお金の入った封筒を差し出しました。

 

Aさんは中身を簡単に確認すると、自分のポケットからくしゃくしゃになった紙くずを
渡しました。

 

「見てみろよ」とAさんは言いました。

 

ノートの切れ端みたいなその紙を広げると、そこには社長の下手くそな字が踊っていました。

 

”期日までにお支払いできなかった場合は
会社の設備一式をお渡しします”

 

あのバカ!
僕にはわかりました。社長は最初から支払える自信がないからこの念書を書いたんだと。
期日までに支払うつもりさえなかったんだと。

 

「恨むなら社長を恨めよ」
Aさんはそう言って念書を目の前で破ると、夜の闇の中に放り投げました。

 

恨んでやるよ!
と心の中で毒づきながら、僕はパソコンを一台一台持ち上げ、自分の車に積んでいきました。
怒りで手が震えているのがわかりました。

 

車に乗り込むとき、Aさんが玄関の前で、
「本当はこんなことしたくなかったんだ」
と言いました。

 

「いえ、お金を払わなかったのはこちらの方ですから」と僕は言いました。
事実Aさんにとっては死活問題です。

 

でも、
40になろうとする大人が若くてお金を稼ぐ力のないダメ社長と知りながら念書を書かせた
そのやり方は許せないような気がしました。

 

車が走り出すと後部座席にぎっしり積んだモニターやPCがギシギシ音を立てました。
自宅から持ってきた毛布を間に挟んでいるから大丈夫だと思いつつも
その音は一向に鳴りやみません。

 

そういえば、Aさんは僕の目を一度も見なかったなと思い出し、彼の中にある罪悪感を少しだけ知ったような気がしました。

 

運転中一度だけ社長から携帯に電話がありましたが、
その電話をわざとシカトすると、何もかもがすべて終わったような気がしました。

 

 

あれから随分たって、Aさんや社長たちと同じプチ経営者になって彼らとは違う大人になれたのだろうかと考えることがあります。

でもそれは自分ではよくわかりません。
わかるとしたら、あのとき20代だった自分だけのような気がします。

あの頃の自分に「お前よくやっているな」と褒めてもらいたい。

 

だから、

若くて純粋だった当時の自分に恥ずかしくないよう
毎日ちょとずつでも前進できるように働いているのかもしれません。

僕の働く理由です。

 

みなさんはどうでしょうか。

働く理由には人それぞれ、いろいろだと思います。

僕は基本的に働くとは稼ぐことであってそれ以上のものでないと考える方です。

仕事に対して壮大な夢や希望を考えることは、20代のころはあったけど、今はもうありません。

それでも一日の多くの時間を費やす仕事だからこそ、何かひとつでも働く意味や理由を見つけて生きると、毎日がちょっとでも輝くのかもしれませんね。

 

思い出劇場終わり。

社長ブログ